99歳まで生きた祖父母たちに学んだこと【家族】

こんにちは。二本松薫です。

 

今回は具体的に祖父母たちの人生を振り返って
みたいと思います。

 

『なぜ99歳まで生きることができたのか。』

 

長寿の秘訣を探っていきいましょう。

 

母方の祖父の人生

 

若い頃のことは詳しくはわかりません。

 

高知の田舎で生まれたようです。

 

とにかく『物知り』『勉強熱心』

 

今の『一橋大学』に通っていたそうです。

 

役所に勤めていて、『生き字引』として重宝
され、70代まで働いていました。

 

机に向かって調べ物をしたり、庭仕事をしたり
頭も身体も死の直前まで働かせていました。

 

仕事を引退してからは、ボランティア活動や
気功について学んだりしていました。

 

霊感が強く、お城で霊にとりつかれたりして
いたので、晩年は精神世界を追求していたようです。

 

90代でも頭は冴え、記憶力も良く、背筋ピンで
スタスタ歩いていました。

 

物欲はなく、食生活も質素。

 

味噌汁や、おひたし、煮物と魚のような日本食
がメインでした。

 

とにかくよく歩き、動き回っていました。

 

色んなコミュニティに所属していたようで
友人も多かっったようです。

 

『ピンコロ』の秘訣はやはり、日々頭と足を
使い、健康的な食生活を送ることのようです。

 

あと、早起きでした。

 

5時台に起きて庭仕事をしたり散歩をしたり
していました。

 

そういえばフルーツもよく食べていました。

 

今振り返ると最高の生活習慣ですね。

 

元気に100年生きられるわけです。

 

頭と足を使い続けていれば、90代でも問題なく
自立して生きることができるということを
身近に目撃してきたので『最高のお手本』です。

 

70代まで働いていたので経済的にも安定して
いたし、引退後はボランティア活動で世のため
人のために働き、常に『生きがい』がありました。

 

あと50年、ちゃんとケアしていたら祖父みたい
に90代でも元気に自立して人生を謳歌できる

 

理想的な『100年人生』だと思います。

 

母方の祖母の人生

 

理想的な『100年人生』を送った祖父のパートナーです。

 

なんと!夫婦で仲良く99歳まで生きました。

 

祖母は晩年、糖尿病から身体の具合が悪くなり
病院や施設で過ごすことになりました。

 

80代後半くらいからでしょうか。

 

それまではまさに人生を謳歌していました。

 

とにかく『新しいモノ好き』

 

趣味が多く器用で、洋服やカバンをたくさん
作ってくれました。

 

クリエイティブでいつも『ワクワク』していて
人を楽しませるのも大好きな祖母でした。

 

子供の頃、夏休みに遊びに行くと、毎日色んな
ところに遊びに連れて行ってくれました。

 

セミ取り名人で、特別に超ロングセミ取り網を
作り、コツを伝授してくれました。

 

ハーモニカも上手で亡くなる寸前までよく
吹いていました。

 

歌や音楽が好きで、謡曲はずっと続けていました。

 

あと、ギター、英会話、茶道、華道、革細工、
洋裁・・・

 

いつまでも好奇心とユーモアのセンスに富み
友人も多く非常に魅力的な女性でした。

 

名前が『愛子』なだけに愛いっぱいの祖母でした。

 

祖父とは真逆!陰陽バランス抜群の夫婦でした。

 

祖母は物欲も食欲もとにかく旺盛。

 

宝石も、お酒も、食べることも大好きでした。

 

アクセサリーでも洋服でも気に入ったものを
見つけるまで探し回る。そこに妥協なし。

 

個性的な祖母でした。

 

最終的には食生活の問題で糖尿病になって
しまいましたので、そこだけ惜しいですね。

 

それでも70代でも海外旅行にも行ってましたし
気力体力抜群、いつでも楽しそうでした。

 

夫婦真逆ながら会話の多い仲良し夫婦でした。

 

時々喧嘩してましたけどね。笑

 

歯が強く、入れ歯もなく、最後まで自分の歯で
食事できたことはスゴイと思います。

 

祖母の形見の着物を着て仕事できることが幸せです。

 

12年間同居した義理の祖母

 

夫の祖母、義母の母に当たります。

 

私は義母と義祖母と12年間4世代同居をして
いました。

 

この祖母は人生苦労の連続だったようです。

 

後妻に入ったそうですが、戦時中亡くなって
しまい、女手一つで2人の子を育てたそうです。

 

娘(義母)が結婚してからは夫婦共働きだった
ので、家事はすべて祖母がやっていたそうです。

 

つまり、夫を含め3人の子供たちは祖母に育て
られたようなものですね。

 

祖母はずっと誰かの世話をして生きてきたので
趣味を持つ暇はありませんでした。

 

一緒に暮らすようになって、大半の家事は私が
するようなったし、趣味もないし、テレビを
みるか散歩するくらいしかなく、つまらなそうでした。

 

『早くお迎えが来ないかねぇ』と恐らく20年
近く言っていたと思います。

 

人見知りで介護関連の施設に行きたくない、
他人の世話になりたくない一心で、亡くなる
1ヶ月くらい前までは自分でトイレに行っていました。

 

『人は思った通りになる』本当にそう思います。

 

背中はかなり曲がっていましたが、足を動かす
大切さを知っていたので毎日買い物がてら
散歩に行っていました。

 

発声練習やら、健康体操やら、毎日ちゃんと
やっていました。

 

なので、99歳までお迎えは来ませんでした。笑

 

食生活は普通ですかね。

 

長生きしたものの、生きがいはなく、趣味も
なく、つまらなそうでした。だから、早く
お迎えにきてほしいと言っていたんです。

 

最期、老衰で、自然と食べなくなり、飲まなく
なり、ろうそくの火が静かに消えるように
亡くなりました。

 

病気ではなく老衰で亡くなる人は珍しいと
思います。

 

病院にも施設にも行きたくないから自力で
何でもできるように努力した祖母は最後まで
自宅で、自宅のベッドで亡くなりました。

 

有言実行、すごいです。

 

まとめ

 

■祖父母から学んだ幸せに100年生きる秘訣■

 

1.毎日歩き、足を鍛えておくこと。

 

2.早寝早起きすること。

 

3.日本食中心の健康的な食生活を送ること。

 

4.生きがいを感じる趣味や仕事を持ち続けること。

 

5.時代の変化に順応し、好奇心を持ち続けること。

 

6.家族との関係を良好に保つこと。

 

7.友人を持つこと。

 

次回は短命だった親族を振り返ってみます。

 

 

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