東大合格までの息子の人生【子育て】

こんにちは。二本松薫です。

 

この節目に彼の人生を振り返ってみます。

 

質問をたくさんいただくことでもあるので。

 

私自身少し整理してみたいと思います。

 

幼少期

 

赤ちゃんの頃は非常に手のかかる子でした。

 

とにかく泣く。

 

私以外の人を受け入れない。

 

お昼寝をしない。

 

動き回る。

 

ずっとおんぶして過ごしました。

 

彼が1歳の頃に大阪から東京へ転勤となり
私はクタクタでパニック障害を起こし、
息子は喘息で2度入院することになります。

 

3歳頃までは病弱で弱虫で泣き虫な子でした。

 

一方、生まれた時から知識欲も旺盛でした。

 

知育玩具以外には一切興味がありませんでした。

 

トミカにもプラレールにも戦隊モノにも一切興味なし。

 

2歳の頃からおもちゃのノートパソコンで遊ぶ
のが大好きでした。

 

外遊びも大好きでしたけどね。

 

幼稚園入園を機に夫の実家に引っ越します。

 

年少で幼稚園に入る3歳頃には、ひらがな、
カタカナ、アルファベット、簡単な漢字を
読むことが出来ました。

 

バスの運賃のような簡単な計算も私よりも
早くできていました。

 

速読スピードも3歳頃負けました。

 

なので、彼が天才であることに気付いていました。

 

IQとか調べたことはありませんがきっと高いでしょう。

 

運動も音楽も何でもできました。

 

5歳の頃、

 

『日本で一番の大学はどこ?』

 

と私に聞いてきました。

 

『東大じゃない?』

 

私が軽く答えたことから彼のゲームはスタートしました。

 

『じゃあ、ぼく、東大に行く。』

 

彼は学業で『日本一』になりたかったのです。

 

その頃、公文式のCMをみて、

 

『ぼく、ここに行きたい。』

 

と言い出し、体験に行ったら即気に入って
それから小学校4年生まで毎日欠かさず
やり続けました。

 

その頃には高校課程の因数分解とか意味も
わからず解いていました。

 

何度も表彰されました。

 

小学生時代

 

クイズ番組大好きな息子は開成生に憧れて

 

『ぼく、中学受験したい。』

 

と言い出しました。

 

通常中学受験の準備は4年生から始まって
いるので、最初遅れていました。

 

中学受験といえば、SAPIX、日能研、
早稲田アカデミー辺りに通うのが王道。

 

最寄駅には早稲田アカデミー栄光ゼミナール
しかありません。

 

話を聞きに行った結果、自分で栄光ゼミナール
を選びました。

 

早稲田アカデミーは体育会系で熱苦しいから嫌だと。

 

そしてまた、コツコツ勉強を続けました。

 

毎日塾に通い、夜遅くまで勉強していました。

 

手厚く指導していただけました。

 

私は英語以外はチンプンカンプンで勉強を
教えたことはありません。

 

「今からではやはり開成は厳しい」

 

そう言われ、2番手の麻布を目指すことになります。

 

栄光ゼミナールから麻布に行けるのはごく少数。

 

6年生からは週末は目黒の「麻布コース」
通っていました。

 

数学と体育が大好きな息子は麻布の算数の問題
にどんどん惹かれていきました。

 

私にはわかりませんが面白い問題のようです。

 

クイズ番組にもよく取り上げられるような。

 

私はお弁当係くらいでした。

 

私は別に受験にこだわりもなかったし、

 

「麻布なんて遠いんだから近くにすれば?」

 

と言いましたが、本人は譲りませんでした。

 

周りは受験する環境でなかったし、少数派の
塾だったので友達もいない。

 

孤独の中、ひたすら勉強に励みました。

 

当時から強かったです。

 

小さい頃、あんなに泣き虫弱虫だったのに。

 

そして、見事合格します。

 

滑り止め校も全て合格でした。

 

普通の公立小学校に通っていて、中学受験
する子は限られていました。

 

そんな中、小学校にも楽しく通っていました。

 

卒業式では、塾の先生に憧れて、将来の夢は
先生と発表していましたが、わかりやすく
優しく勉強を教える息子はクラスの人気者でした。

 

決しておごらず、冷静で、平等で、いつも
ニコニコしている優しい子でした。

 

彼から他人の批判を聞いたことがありません。

 

愚痴、不平不満、弱音等、物心ついてから決して言いませんでした。

 

家族に対しては多少ありますけどね。笑

 

だから、きっと教職は向いているんだろうなと思っています。

 

小学生時代は普通にポケモンにはまって、
友達とゲームばかりしていました。

 

それも私は時間制限などしたこともなく
好きなだけさせていました。

 

受験勉強を始めたらゲームしている暇も
なくなってしまいましたけどね。

 

中高時代

 

そして麻布に入学です。

 

少数派の塾で友達もいなかった中、あっという
間に友達がたくさんでき、素晴らしい先生や
仲間に出会い、学園生活を6年間謳歌します。

 

制服も校則もない自由な学校。

 

中学生のうちから大学生のような生活でした。

 

個性に富んだ自由な男軍団。

 

参観も面談もなし。

 

保護者会はありましたが。

 

文化祭も体育祭もカラフルに髪を染めた自由人
達が勝手に楽しんでいました。

 

部活動にも励みながら、自立は進んでいきます。

 

高2の頃から大学受験に向けて英語と数学は
塾に通い始めました。

 

『私立に通う上、塾って何???』

 

どんだけお金かかるねん!!!

 

受験勉強は違うんだと。

 

麻布は確かに受験勉強をさせる学校じゃないん
でしょうね。

 

5段階評価とかないし。

 

学園生活の中で好きなこと、居場所を勝手に
選べ!スタイルなので。

 

馴染めない子達もいるようです。

 

自由に個性を伸ばす教育を実施する数少ない
素晴らしい学校だと思います。

 

好き放題羽を伸ばしすぎた息子が目標の東大
進学を思い出す時期が少々遅すぎたのでしょうね。

 

遅れは簡単に取り戻せず、去年は惜しくも不合格。

 

人生初めての不合格。

 

挫折です。

 

早稲田の理工学部の切符は捨て、浪人を決意します。

 

『どうしても東大に行きたい!』

 

そして、自分で河合塾に行くと決め、勝手に勉強していました。

 

私は身の回りの世話、主人は教育費提供係。

 

彼には相当教育費がかかっています。

 

その費用を投資できる環境にちゃんと生まれて
いるんでしょうね。

 

私立理系学費は相当高額なので、最後、
東大に行ってくれるのは親孝行。

 

今までで学費は1番安いです。

 

さすが国立!

 

クニタチじゃないですよ!コクリツね!

 

彼は麻布で素晴らしい仲間達に出会いました。

 

私も彼らが大好きです。

 

ステージの高い次世代を担う子たちです。

 

片道1時間半近く。

 

6年間通いました。

 

その価値はあったと思います。

 

英語教育

 

ディズニーの英語システムのユーザーながら
転勤、2人の育児で手一杯で私はうまく使い
こなせませんでした。

 

当時はサービスも充実していなかったのもあり。

 

彼が5歳の頃に、私がホームティーチャーを
始めて英語で遊び始めました。

 

が!!!

 

興味なかったですね。

 

理系なんでね。

 

渋々付き合ってくれてました。

 

でもそのおかげでリスニングで苦労したこと
ないと思いますよ。

 

中学で、

 

「英語が聞き取れないってどういうこと?」

 

と言ってましたから。

 

彼の場合英語も必要でしたからやってて正解かな。

 

今や私の英語力を超えてますしね。

 

読み書きでは。

 

まとめ

 

好きな分野で努力を継続すると必ず結果は出る。

 

彼にとっての受験勉強も私の英語の勉強もゲーム。

 

趣味?楽しみなんで苦じゃないんですよ。

 

何を極めるにしても努力が必要ですからね。

 

甲子園で優勝するのも、EXILEに入るのも、

東大に入るのも、努力は必要なんですよね。

 

それが、好きなことなら苦しいけど続けられる!

 

だって、叶えたい夢であり目標なんだもん!

 

子供たちには夢を追ってもらいたいです。

 

好きなことをして生きていってほしいです。

 

だから、ママ達にお願いしたいんです!

 

才能の芽を育ててほしい。

 

その子だけの。

 

世界に1つだけの大輪の花を咲かせることができるように。

 

それを見極められるのはママだと思うんです。

 

私達です!

 

伝えていきたいと思います。

 

 

 

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